吉田寮を取り壊したらだめ!学習会を開催しました

京都大学が4月14日に「吉田寮現棟建替え・現棟建替えにより創出される敷地の活用方針について」を公表し、吉田寮の現棟について取り壊しを前提に立て替える方針を示しました。私たち元寮生の会は、国内現存最古の学生寮の取り壊しに異議を唱えるべく、現棟の建築文化財としてのかけがえのない価値を学ぶ公開学習会「なぜ京大に吉田寮が必要か」を京大楽友会館で開催しました。

 

講師は、建築家で七灯社建築研究所主宰の山根芳洋さん。吉田寮の実測調査や第三高等学校などの史料の検討を基に、食堂が三高の寄宿舎食堂を移築したこと、現棟も再構築した建物であることを突き止め、取り壊しが前提とされていた食堂の補修と保全につなげました。

大学と寮は一体 切り離すことはできない

山根さんは冒頭、学習会タイトルの問いである「なぜ京大に吉田寮が必要か」について話されました。清風荘(重要文化財、西園寺公望の京都私邸で戦後に京大に寄贈)を除いて12施設が建築文化財(登録有形文化財)として国に登録されていますが、学生の施設は一件もないことを指摘。「大学は研究だけでなく、教育機関でもある。学生の文化を引き継ぐものも残すべきだ」と強調しました。三高や京大の発足当初から寄宿舎が建てられていたことも指摘、「大学と寮は一体のもの。切り離すことはできない」としました。

続いて、吉田寮建設(1913年竣工)の経緯を説明しました。山根さんが調査を始めた2011年当時は、吉田寮が三高寄宿舎を移築したことは知られていませんでした。「時間の経緯とともに忘れられてしまったのではないか」とのことです。山根さんは食堂取り壊しを疑問に思った京大教員から依頼を受け、吉田寮の調査を行いました。食堂の意匠が現棟と違うことに違和感を覚えながら、現棟と食堂について実測調査とともに床下や小屋裏に入って調べたところ、部材の切り欠きなどから、多くの構造材に転用材が使われていることを確認しました。部材の位置を示す墨書きと三高寄宿舎の図面から、現在の本務構内にあった三高寄宿舎の食堂を90度回転させて移築して吉田寮食堂としたことを突き止めました。三高寄宿舎は1889年竣工で、食堂は京大において現存最古の建物となります。

三高寄宿舎が息づいている

現棟についても、三高寄宿舎の図面と吉田寮の実測図の比較検討や、現存する部材から、建築物を特徴づける「建物のメイン」である階段室は3階建てだった三高寄宿舎の階段を上下二つに分けて移築、洗面所は半分に割って移築したと推定しました。居室部分の部材に記されていた墨書きからは、転用前の建物が81メートル超の長さのある長大な建物であることが示されており、それは「三高寄宿舎に他ならない」とのことです。三高寄宿舎を再構成して再構築した現棟は「三高寄宿舎が現在に息づいている」建物であり、「明治22年のトイレは日本中探してもない」とも。

移築の背景には、当時は建築部材の使い回しは当たり前だったことに加え、大学の予算が限られていたことがありそうです。三高寄宿舎の工事責任者だった山本治兵衛が吉田寮の設計に携わっており、「自分で作っているので、よく分かっている」「再構築して吉田寮としてよみがえらせた」と指摘。「吉田寮には明治の学生の痕跡があり、京大運営の歴史でもある」としました。山本治兵衛は西日本の文部省直轄学校施設工事を取り仕切り、明治30年以降から大正期にかけて京大の建物のほとんどに関わっています、奈良女子大旧本館(重要文化財)も彼による建物です。

部材としては、米松や階段のケヤキ、柱のヒノキなど、いまでは入手困難な、極めて良質な木材が使われています。今でも部材を再利用することは可能ですが、法的に現棟規模の建物を木造で新築することはできません。ただ、補修や新棟(西棟)のように一部をRC(鉄筋コンクリート)と組み合わせる耐震補強によって、現存の建物を再生することは可能とも説明されました。

山根さんは「登録されていなければ文化財ではないとの誤解があるが、吉田寮は登録していなくても文化財」とした上で、「残すだけではなだめ、ちゃんと使われないと」としました。大学が求める教育研究施設の増設について、現棟周辺の敷地への施設建設に加え、現棟の地下深くまで利用することで地上に現棟を残すことができると提案。「いろいろなアイデアを出して、大学も納得できる解決を」と求めました。

権威の象徴だけでなく 大学の主体たる学生の建物を残す

山根さんは吉田寮について「京都は学生のまち、大学のまちなどと表現することがあるが、その象徴のように吉田寮の建物は歴史と文化を内包して残っている」と書かれております。質疑応答で山根さんは「大学は、学生があって初めて大学。執行部のための大学ではない。大切なものを残さないとおかしい。権威の象徴だけではなく、(大学の主体は学生であり)大学の主体として残す」と強調されました。学習会後に、現棟がフェンスで囲まれて人が立ち入れなくなっている状況について触れ、「人が入らなくなると建物は急にだめになる」として、現棟の腐朽が進むことへの危惧も述べられていました。

学習会の意見交換では「吉田寮の将来は大学や自治会だけで決めるものではなく、専門家が入って評価し、広く市民も入って議論することが必要」「(吉田寮の価値や大切さが)市民の方に届いていない。市民の方に知っていただく努力を」など、今後の取り組みに向けた声が続きました。元寮生の会も、寮生、市民、教員、専門家とのつながりを広げ、吉田寮を守り活かす取り組みを進めていきたいと考えております。

 

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